沿革(Company Timeline)

このページは、弊社サンデーファーム現在に至る道のりをタイムラインで表現しています。

北海道鶴居村にて

1984年4月20日
北海道鶴居村にて

サンデーファームの設立4年前の北海道でのワンショット。鶴居村の植田牧場で一年間お世話になりました。因みにこの時は有害駆除でエゾシカをボスが仕留めて、それを先輩と一緒にさばきに行った写真です。僕はもっぱら穴を掘る役でした。

カナダにて農業研修

1986年2月11日
カナダにて農業研修

19才でカナダに渡りました。隣の奥様がマサヒロで呼びにくいので、トラクターの名前を僕のニックネームにしてくれました。この写真は、ボスと日本の農業研修三人でナイアガラの滝のボートに乗って滝壺に行った時の写真です。二十歳の若者には刺激的でした。

Tony Charityと言う牛

1986年3月18日
Tony Charityと言う牛

きっと「この上の写真何よ?」と思われるかもしれませんが、「Tony Charity」という牛です。何と1頭で3億6千万円します。競走馬でも見ているかのような値段に何しろ驚きました。飼育している牧場に行った時、足でどついて起こして写真を撮りました。アメリカ・カナダでは牛の美人コンテストなどが非常に盛んで、それに連続優勝している牛です。僕の関心は一番高く売れる時に売り切ると言うことがどれだけ大切か、また一番高く売れる時に売ると言うシンプルなビジネススタイルがとても気に入りました。この考えがその後のビジネスの基になったような気がします。

ビジネスマインドが芽生える

1986年10月5日
ビジネスマインドが芽生える

カナダで暮らすと、ビジネスについて強く考えるようになりました。独立心旺盛な経営者、研修生、周りの方々、話を聞いたり実際に見ていると「自分でも独立して事業を営みたい」と思うようになったのもカナダからでした。そして、サンデーファームと言う社名を思いついたのもこの時期です。僕にとってのカナダの生活は、毎週農家でも休みがあって、週末は好きなことができると言う日本の農業とは価値観が違った世界が見えたような気がしました。日曜日がある農業がしたいと思い、サンデーファームと言う社名をつけて会社を作りたいと思いました。

僕に果たしてできるのか?

1987年3月18日
僕に果たしてできるのか?

1986年12月にカナダから帰国。87年は帰国時に連れて帰った牛達と、90年に開かれる全日本ホルスタイン共進会と言う牛の美人コンテストに向けての格闘が始まりました。牛の横に寝て、世話をする。牛の息遣いが聞こえて来るような、目標は全国で7番目までに入ること。約7万頭に1頭くらいの確率です。無謀でした。ただしできるような「気」がしたのは若さでしょうか。

1988:有限会社コングジャパン設立

1988年4月20日

恩師(獣医師)の山口先生が当初は設立された法人、設立当初の社名はコングジャパン。この頃は牛の美人コンテストに夢中でした。一方では山口先生の行っていらしたアメリカの農業用品輸入にとても興味がありました。

1988:四畳半の事務所とFAX

1988年10月14日

牛舎にいる時間が一日のうちの半分くらいになり、牛舎の更衣室を半分にして四畳半の事務所を作りました。電話は父の時代から1回線24-3808がありましたので、NTTさんにお願いしてFAX番号の24-3898を増設しました。

1989:NEC PC-9801RXを購入

1989年12月31日
1989:NEC PC-9801RXを購入

農業後継者クラブ(4Hクラブ)と言う組織があるのですが、そこで七城町の担当をして下さっていた専門技術員の金光さん、また七城町の同じ酪農をされている山下さんからのススメで、師走の31日に、仔牛を売ったお金を50万円持って、熊本市内のマツフジと言う電気屋さんに買いに行きました。本体、プリンターセットで展示品を50万でした。1990年のお正月が明けてから金光さんにお電話したらその日のうちに喜んで、5インチのフロッピーディスクに入ったソフトを持ってきて頂きました。

1990:アメリカからの個人輸入開始

1990年2月14日
1990:アメリカからの個人輸入開始

恩師の山口先生の影響で、英語の勉強も兼ねてアメリカからの個人輸入を始めました。もともと手紙を書いたりするのも好きでしたので、MS-DOS版の一太郎で文書を作り、アメリカの農業関係の雑誌社の雑誌を取り寄せて、その中の雑貨の住所を拾って、AirMailで手紙を出し、返事が来たところにFAXでカタログ請求のお願いをして、カタログを取り寄せて注文をする。原始的な方法ですが、当時はインターネットもありませんでしたし、メールオーダーと言うのが一般的なアメリカのスタイルでした。1990年当時、この後の10年がインターネットの登場で劇的に変化するとは思いもしませんでした。

1990:全国乳用牛共進会にて一等賞

1990年11月26日
1990:全国乳用牛共進会にて一等賞

85年からスタートした農業研修の集大成でした。結果はカナダのボスと賭けをした、全国で7番目までに見事入賞。終わった途端に、カナダの時のビジネスマインドが蘇りました。それは「一番高く売れる時に売り切る」価格は当時熊本県のホルスタインとしては最高額の200万円でした。カナダで見た3億6千万円にはほど遠いのですが、一つの区切りとなりました。

1991:青色申告をパソコンで

1991年2月14日

89年の年末に購入したパソコンを使って、青色申告を父に代わって行いました。減価償却はロータス123を使って、決算はソリマチの農業簿記を使いました。最初は父と同じ年度を入れてみようと言ってスタートしたのですが、途中から父が「お前がやれ」と。母と電卓でやるのが疲れたのでしょう。此れ幸いと記帳し始めました。ただそこで問題になったのが複式簿記と言うやり方、簿記を一度も勉強したことがなかったので商工会の三級商業簿記を受けに行きました。落ちましたが、原理は何となく理解でき、入力して結果を税理士に渡すと言うスタイルがこの時に出来ました。

1991:台風19号停電1週間

1991年9月27日
1991:台風19号停電1週間

1991年の台風19号では初めて「怖い」と言う意識が生まれました。台風の進路の右側に入った時、通過した後の吹き返しのすごさにただただ驚くばかりでした。この後一週間停電に見舞われ、夜中から建設機械リース屋に発電機を借りに行って正解でした。牛乳を捨てる事なくなんとか乗り切れました。

1991:有限会社サンデーファーム

1991年10月4日
1991:有限会社サンデーファーム

獣医師の山口先生が設立され休眠化していた有限会社コングジャパンを買い取り、社名をサンデーファームに変更登記し、父の牧場を残っていた負債の額で買い取り手続きをJAさんで行い、法人として再スタートしました。24才にしてついに自分の会社が作れた瞬間です。もちろん2千万程度の負債はありましたが、経理的に言えば負債も資産。当時はその言葉がどうしてなのかあまり理解もできませんでした。負債も資産と言うフレーズは50才代になって理解できました。

1992:NIFTY SERVE開始

1992年2月14日
1992:NIFTY SERVE開始

実を言うとパソコンを購入して三度目の挑戦でした。二回目までは、通信ターミナルソフトで文字だけの世界で、面白みもなくあまり馴染みませんでした。50万円も出したパソコンが一年のうちに20日ほどしか稼働しない、トラクターと同じような稼働率になるのがいやでした。50万の投資をすれば、せめて500万くらいの利益を出させないと経営者として失格のような気がしていました。今回は、電話回線代をどんなに使ってでも「元を取る」と踏んでいて、NiftyManagerと言うソフトを使って最初の月は7万円ほど電話代がかかりました。二ヶ月目、転機が来たのは農業のフォーラムで友達になって下さる人が出来ました。オートパイロットソフトと言うものをフォーラムで教えて頂いて、カナダに行って、日曜日が休みだった時よりショッキングなカルチャーショックでした。前月の電話代7万円が、3千円で収まって、年額500円のソフトが月に6万7千円もセーブしてくれました。サブシスオペに推薦して頂き通信料が無料に、わからないことは全てNifty経由で調べることが出来るようになりました。パソコンがただの箱から僕の頭脳になった瞬間と言ってもおそらく過言ではない年になりました。

1993:農業者コンクール新人王

1993年2月8日
1993:農業者コンクール新人王

皆さまのおかげで過分なる賞を頂きました。農業を経営することに楽しさを感じておりました。この農林水産大臣賞を頂いたことで、もう少し次に進んでみたいと思うようになりました。

1994:インターネット接続

1994年10月14日
1994:インターネット接続

CompuServe経由で初めてインターネットに接続した時にはカルチャーショックでした。国境をこんなにも簡単に超えることが出来ることが。そして大きな可能性を感じました。一年間があっという間で、酪農以外でパソコンを使うことが多くなりました。一日に5時間程度はパソコンの前での作業に。この頃に初めてデータベースを知り、最初のチャレンジをしました。但し、データベースは挫折。

1995:自作パソコン制作

1995年7月14日
1995:自作パソコン制作

Nifty-Serveのパソコンフォーラムの影響もあり、自作のWindowsマシンを作るようになりました。

1996:NTT西日本のインターネット接続をお手伝い

1996年3月14日
1996:NTT西日本のインターネット接続をお手伝い

パソコンショップのご紹介で、NTT西日本からインターネット接続のアルバイトが入っていくるようになりました。当時はインターネット常時接続用の回線が無く、一般のアナログ電話をモデムでプロバイタに接続して行うのが一般的で、2000年にフレッツISDNがスタートするまでインターネットの専用線接続はありませんでした。NTTからご紹介頂くお客様はとても刺激的なお客様が多く、もしかしたらビジネスになるのかと思い始めたのもこの頃からです。

1997:IT事業部発足

1997年6月14日
1997:IT事業部発足

日々の搾乳は朝晩ありましたが、パソコンが少しお金に変わり始めたことで、IT事業部を正式に発足しました。法人にしていたことでNTTさんからのご紹介も順調で、月額数万円程度の収入が発生するようになっていました。時代はバブル崩壊後になろうとしておりました。また最初のホームページも97年でした。

1997:UNIXメンテナンス事業開始

1997年8月14日
1997:UNIXメンテナンス事業開始

インターネットに繋がれば、次は「どうしてホームページは動いているのかな?」なんてところに興味が出たので、LINUXと言うサーバーで使われるOSに惹かれました。NTTさんからのお仕事依頼の時も「サンデーさんはオールラウンド」と言う噂が広まって、サーバーの調整も来るようになってきました。97年に初めて現在アメリカの会社で使っているsundayfarm.comと言うドメインをアメリカのネットワークソリューションでレジストしました。個人輸入で英語のビジネス文書にはある程度慣れがあったので海外で買い物することには全く抵抗がありませんでした。ただのアルファベットの連なった名前をお金を出して買うなんて「さすがアメリカ人」と商売上手に舌を巻きました。

1998:MLMを事業として

1998年7月14日

パソコンの仕入先に、連れて行かれてMLMにハマりました。「この人たちどうして?」営業についてもトークについてもとても上手で、これをサンデーにも取り入れようとしてみました。結果は散々。アメリカではアリーナやスタジアムを持っている企業もいるのに、日本ではどうしてかなと思いましたが、職業の持つイメージと言うのが日本ではとても大切だと感じました。この時に作った資料や、マニュアル等がのちのビジネスの基礎になっています。考え方や方法は非常に合理的なのですが、日本にはなかなか根付かないビジネスかと思いました。またこの時データベースで利益予測や収益の比率分析を行ったことが次のお仕事に繋がりました。

1999:台風により牛舎倒壊

1999年9月24日

台風18号により、弊社サンデーファームの牛舎が全壊しました。朝、牛舎へ堤防沿いに行くと、屋根がいつもよりも低く見え「あれ?」と。牛舎が。そのあと消防とかにお世話になって下敷きになっている牛たちを運び出して、そのあとはあまり覚えていません。牛舎を再建するか否か悩んだ末、酪農で食べて行くことを断念しました。何をやるか。マスコミは1兆円産業になると言っているインターネットのビジネスに全てをかけてみようかと決心しました。数年前、ヘルニアになった時に機能病院の先生に言われたことがいつも頭にありました。「古田さんは体だけを使った農業でなく頭を使った農業ができそうです」閉ざされたからできることがありそうだと考えました。

2000:データ修復サービス開始

2000年3月14日
2000:データ修復サービス開始

ボロボロでした。YahooJapanにデータ復旧のカテゴリができて、それに登録するためにYahooJapanに5万円支払って、審査までありました。すでに携帯は今で言うガラゲーが普及してきましたので、その頃のYahooJapanはまさに日本のインターネットのサーチエンジンでした。ホームページもその頃はHTMLと言うマークアップ言語で書いてましたので、一週間ほど夜更かしをして書き上げ、提出しましたが、1回目は不合格。再度三ヶ月後に審査ということで、それからは毎日ホームページの審査をパスするために精度を上げて書いていきました。

2000年7月31日、LINUXのメンテナンスで大津の高校でCiscoのルータの調整をターミナルでしていた時のことです。「Yahooで見たのですが、復旧の件で」と言う電話がありました。ついにYahooのカテゴリに登録されたのでした。経営者が久しぶりに味わう至福の時間です。

2006:Yahooオークション

2006年6月14日
2006:Yahooオークション

インターネットのお仕事は売上が上がる時は急激上がるのですが、同業者が増えてきて単価が下がってくると残念な数字になってきます。データ復旧はサンデーファームを5年間支えてくれるメインビジネスになりましたが、ネットの中に保存するようになれば需要は少なくなりそうだと思い、今のうちに新たな柱をと思い始めたのが、オークションビジネスでした。ソフトウェアのお得意さんの市場から商品を仕入れYahooオークションで売ってみました。果物にデザインすると言う一つの流れを日本中に流すことができたのですが、あまりにも薄利でストレスがたまりました。但しオークションに出したことでクライアントの方のネット販売の助言を出来るようになりました。

2007:C#プログラム開発開始

2006年10月14日
2007:C#プログラム開発開始

お茶屋さんからのご要望で、ある店舗のレジのCSVデータを会計ソフトに取り込めないかご相談が来たのですが、久しくプログラムを書いてもいなかったので、どうしようか迷っていたところに、救世主が現れました。僕が三日頭を抱えたプログラムをなんとその子は三時間で作ってきました。呆れました。こんな人が山鹿にいたなんて。それもすごく素直で。この人が書いたコードから学ばせてもらおうと思いました。

2007:管理プログラム開発

2007年7月14日
2007:管理プログラム開発

会員管理プログラムを作成しました。まさかMLMの会社側から依頼がくるとは思いもしませんでした。2000年のお客様からご紹介頂きました。この時には発送やコールセンターも委託で受けました。目が回るような忙しさでしたが、上手にチームワークが活かせるような人達に恵まれたことで大きな成果が生まれました。MLMとしては戦後二番目の数字だったらしくOracleデータベースを使い3万人以上の会員管理を行いました。またコールセンターではNTTのインターネット接続時に培ったネットワーク機器とビジネスフォンの応用、発送ではLANを駆使したネットワーク印刷など、今までインターネットビジネスで培った技術を応用することで、数億円のシステムを20分の1程度の投資で運用することができました。おそらく農家でOracleデータベースのライセンスを保有するのは日本でも数社かと思います。

2008:ORACLE会員管理プログラム販売

2008年12月14日

東京の委託業務が8月で終了したことで、一年間で積み重ねてきた会員管理手法を集約したプログラムをMLMさん向けに販売しました。但しこの販売をスタートして数ヶ月したところでリーマン・ショックとなり、未収金が増えることとなりました。結果的にMLMさんへのプログラムの提供は高い確率で引当処理を行わないといけない状態になるので、悩んだ末、一旦会社規模を縮小することとしました。

2010:テキサス営業所開設 SUNDAYFARM SOFT LLC

2010年2月14日
2010:テキサス営業所開設 SUNDAYFARM SOFT LLC

会員管理プログラムが飛躍してテキサスにまで足を延ばすことに。その後、韓国などのお客様も付いて、グローバルになりました。ただ地に足を付けたアプリ開発を経営の一つの柱としたかった私は、一人になれる場所をテキサスに見つけ、一年のうち三ヶ月程度をテキサスで過ごしながらプログラムを書いてみようと始めました。毎日朝方までプログラムを書いては朝焼けを見ておりました。テキサスの朝焼け、夕焼けは素敵です。

2011-2012:iOS&Androidアプリ開発

2012年2月14日

ビジョンが全く見えなくなってきていました。ビットコインなどの仮想通貨のビジネスのプログラムを何度か頼まれて、書きましたが、どうしてもカラクリがわかると、自分の書いたプログラムで不幸になる人が出るのではないかと思うような気持ちが付きまとい、一旦一人になって考えようと思いました。そして最終的な結論は、人をハッピーにするプログラムを書こうと言うことでした。一人になったことで、また好きなことが出来るようになりました。失敗してもまた一からやり直せばいいだけです。

2015:AIプロジェクト始動

2015年5月14日

ヒントはテキサスにいた時に、オフィス家具のショップの店員さんとの会話からでした。作っているソフトを言ったら大笑いされました。その時に「あれ?行ける?」っと思いました。変な性格の私は、そう勘違いしました。笑われる=気づいていないです。そうなんです。その時からAIを使ってみようと開発を始めました。

2016:SUNDAYFARM SOFTWARE INC. (San Francisco)

2016年2月14日
2016:SUNDAYFARM SOFTWARE INC. (San Francisco)

テキサスに置いていた、アメリカ支店を閉鎖して、新たにサンフランシスコでAIの開発のSUNDAYFARM SOFTWARE INC.を設立しました。ついにサンフランシスコまで辿り着きました。

2016-2018:B&B事業-簡易宿泊施設

2018年2月14日
2016-2018:B&B事業-簡易宿泊施設

2016年4月熊本地震が発生。新しいチャレンジでAirbnbで民泊をと言う事業をテストしていた矢先でした。熊本の被害は甚大で、復興するまでの間、英語の勉強も兼ねてB&B事業を展開してみようと、地震発生の翌月には福岡でスタートしました。二年半で2千名のお客様をお迎えしました。利益率は薄いのですが、英語の練習とスマホのアプリの市場調査には大きく役に立ちました。民泊新法が施行され、熊本の事務所は許可が下りたのですが、さすがに菊池市の田舎に泊まりにくる人はいないかと思っていたら、技能実習で来ているベトナム人の若者達に火がつき、AppleTVでYouTubeでカラオケを歌えるようにしてあげたら大喜びで使ってくれるようになりました。Airbnbの掲載を2018年に終了し、現在はお電話でのみ受け付けてたまに歌って踊ってに来てくれます。なかなか皆さん30年前の自分を見てるようで素敵です。

2018:ITコンシェルジュサービス開始

2018年8月20日
2018:ITコンシェルジュサービス開始

ITコンシェルジュサービスと銘打って、リモートでパソコンやスマホのメンテナンスを受けるサービスを既存のお客様へ始めました。10年ほど前まではリモートで操作することは不可能でしたが、回線の速度が光速になり、お客様も受け入れて下さる下地ができました。お互い時間を節約できるので好評です。

2018:IT導入補助金の支援事業者に

2018年9月3日
2018:IT導入補助金の支援事業者に

事業自体は経済産業省の支援事業です。報告義務等が緩和されて補助を受けやすくなったので、8月に弊社も支援する側の事業者登録を行いました。